医療の匠:第2回 医学博士 永渕 成夫 先生

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院長職を通じて病院経営マネージメントにも奮闘中!

地域医療に目覚め、苦難を乗り越えて社会貢献に寄与。
また現在湘南中央病院院長としてもご活躍中。医師不足、患者のマナー、厚生省の医療方針(診療報酬の改定等)に困窮しながらもより良い地域密着型の医療環境構築に貢献。

永渕成夫先生の率直な貴重なご意見をお聞き致しました。
是非ご一読ください。

MM: 本日はありがとうございます。先生のプロフィールをお聞かせ願います。まず医者をめざしたきっかけをお聞かせください。
Dr.永渕: 昭和55年東大に入学し、卒業後小児科に進みました。国立小児病院に勤務しその後茅ヶ崎市立病院。茅ヶ崎市立病院にいるときに高野先生と出会い地域医療に目覚めました。
MM: 地域医療を目指し、実際どのような行動に移ったのですか?
Dr.永渕: 山形県に新しくできる病院の立ち上げに関わり地域医療に貢献したのですが、高野先生と新築の病院を見に行ったとき「常勤の医師はどのくらい集まっているの?」と事務長に聞いたところ「今決まっているのは、お二人です。」との回答で、つまり私と高野先生しか決まっていないということでした(笑)。なんだかんだで、開院直前に徐々に医師も集まってきて無事開院を迎えることができました。
MM: 病院の立ち上げは大変な苦労があると思いますが、一番苦労したのはどのようなことですか?
Dr.永渕: 新しい病院の立ち上げに地元の医師会が反対でして、町ぐるみでもいろいろとありました。不動産屋に圧力がかかり、アパートが借りられず病院内で寝泊りなどもありました。
MM: 大変な経験をなされたのでしょう。
Dr.永渕: その後離島で1年間、北海道の静内で1年間小児科医として働いていましたが、地域医療に関わるには小児科だけではだめだと思い、内科を学ばないといけないと感じました。そこで現在勤めている病院の理事長が大学の先輩ということもあり、内科を勉強しながら勤めていたわけですが、いつの間にか院長になっていたというわけです。
MM: 地域医療をしていて思うところは?
Dr.永渕: 永渕先生:現在と昔(10~20年前)では、医療を取り巻く環境は変わってしまっていて医師にとっては厳しい状況でしょう。夜間の当直にしても、救急当番というよりも夜間外来といったほうが良く、一日中起きてないといけないような状態ですし、科によっては訴訟のリスクも高い科もありやりづらくなってきていると思います。
MM: 院長の仕事とは?
Dr.永渕: 病院の方針・マネージメントに関しては、理事長の方で行っており、実際私がしているのは、院長として理事長の補佐(方針・マネージメント等)もしていますが、医師不足もあり私自身内科医として働かざるを得ない状態です。つまり、医師を集めるのがつらい時代になったと思います。一昔前でしたら湘南にある新築で綺麗な病院であれば声をかけなくても医師は集まったと思いますが、医師は集まらないですし働き盛りの若い医師が辞めていってしまいます。特に内科医が。今年(平成18年)だったのですが、内科の若い先生が二人辞められて一人が開業されて、もう一人が別の病院に移られました。二人が辞めた後が問題で、補充できないんですよね。ですので、内科医として働かざるを得ないのですよね。
MM: 今後の抱負は?
Dr.永渕: 今自分は、院長として病院の方針・マネージメントに関して勉強している段階ですが、病院として3つ課題があります。
一つは、人材の確保があります。医師がいないことには医療はできない。そのためにはここに来たいというような病院にしないといけない。そうでなければ誰も来てくれない。そうなると拡大生産にするしかないです。つまり、医師をたくさん集めて患者を増やして病院を大きくしていくか、医師が減り患者が減り病院が消えていくかしかないと思います。
病院においては、内科の医師の負担は大きく内科医個々人の努力に依存している部分が大きいと思いますし、そうしているとそのうちどこかでポッキと折れてしまうことが生じると思います。そして医師が減り患者が減り病院が廃れていくというような悪いサイクルにならないようにしないといけない。

二つ目は、最近医療をしていて楽しくないことが増えました。クレーマーというか、過大に期待したり要求する人が増えてきたと思います。例えば、癌のターミナルでもう絶対これ以上は良くなりませんよと言っていても、「何で病院にいるのに悪くなるんだ。」「何で死ぬんだ。」というようなことを言う人たちもいました。そこまでくると理不尽としか言いようがないですよね。こういうことが起こった理由は、一つには皆さんも言うように偏った報道をしたマスコミのせいかなと思いますが、全ての人にたいする正しい教育をしていなかったせいでもあると思います。例えば、軽症なのに救急車を利用する人がいますが、皆が基本的な医療知識を持っていないのも原因の1つですし、医師が医療知識を独占し教育をしてこなかったのかなと思います。この病院でも少しずつですが講演会などして教育をしていってます。

三つ目は、診療報酬の改定です。毎年いろいろと厚生省が方針を発表しますが、この頃それをうまく乗り切ろうなどとは考えなくなりました。厚労省のいうことに付き合っていくよりも必要なことを今はやっていくしかないかなと思います。療養病床の件ひとつを取ってみても振り回されただけではないでしょうか。

今の時代、湘南中央病院のような中堅病院が生き残っていくのはきついです。療養病床の医療区分1という包括点数は700点台にしかなりません。つまり、一日検査・投薬・入浴・食事・経管栄養・おむつ交換全部をやってあげて一日に払ってもらう金額が7000円ちょっとなんです。
MM: ビジネスホテルと変わりありませんね。
Dr.永渕: そうビジネスホテルなみです。ペイするわけがないのです。
MM: 人が動いて、物も使いその結果がこれでは採算合いませんよね。
Dr.永渕: 7000円台で対応しろと言うのは、国としてはやるなといっているようなものですよね。でも療養を急性期には急には変えれないですよね。入院中の老人が家に帰れば独りというような方が多いいですし。赤字にはなりますがなくすことはできません。
MM: 医療が報われる時代が来るのは難しいですね。当社も微力ながらもこのサイトを通じて先生の思いを国や国民に伝えていきたいと思います。
Dr.永渕: あえて国に言えるとしたならば、公共事業を減らし医療にまわして欲しいと思います。そして、医療に税金を回して欲しいと思います。
MM: 貴重なご意見をたくさん頂きまして誠にありがとうございました。医師や看護師紹介部分で永渕先生のお力になりたいと考えております。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

Profile

略歴
昭和29年7月 佐賀県生まれ
昭和55年3月 東京大学医学部医学科 卒業
昭和55年6月 東京大学医学部付属病院 小児科 研修医
昭和56年4月 茅ヶ崎市立病院 小児科
昭和57年5月 国立小児病院 内分泌代謝科 レジデント
昭和59年5月 東京大学医学部付属病院 小児科 助手
昭和59年11月 大和徳洲会病院 小児科
昭和60年7月 茅ヶ崎市立病院 小児科 医長
平成元年4月 東京大学医学部付属病院 小児科 助手
平成元年12月 国立小児病院 小児医療研究センター 先天異常研究部 研究員
平成3年10月 Research Affiliate, Department of Human Genetics, Roswell Park Cancer Institute, New York, USA
平成5年3月 国立小児病院 小児医療研究センター  先天異常研究部 遺伝染色体研究室 室長
平成7年4月 茅ヶ崎市立病院 小児科 医長
平成10年12月 新庄徳洲会病院 副院長
平成12年1月 徳之島徳洲会病院 副院長
平成13年2月 静仁会静内病院 副院長
平成13年9月 湘南中央病院 内科
平成14年5月 湘南中央病院 内科部長
平成14年7月 湘南中央病院 内科部長兼診療技術部長
平成15年5月 湘南中央病院 副院長
平成17年5月 医療法人 社団若林会 理事
平成18年2月 湘南中央病院 院長
現在に至る

インターネット
医療法人 社団若葉会 湘南中央病院 ホームページ 院長ご挨拶
http://www.swg.or.jp/hospital/topics/

2007年12月27日 第1回 医学博士 後藤 利夫 先生
2008年1月30日 第2回 医学博士 高野 良裕 先生